「やらない勇気」を試してみる

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― 毎月の仕事を、あえて手放してみるという実験 ―

はじめに

2月の末に連休があって、
月初めにも2連休がある。

気づけば、4連休。

この時期、私は毎回やっていることがあります。
月末の振り返りをまとめて、
来月の目標を提示して、
それをもとに部屋の割り振りの参考にしてもらうこと。

いつの間にか、それは
「私がやるもの」になっていました。

休みにわざわざ病院へ行くという違和感

正直に言うと、
自分の仕事だと思っているし、やろうと思えばできる。

でも、
休みの日にわざわざ病院に行って提示するのは、
何かが少し違う気がしました。

責任感なのか、
義務感なのか。

やらないと回らないんじゃないか、
そんな思い込みもある。

でも同時に、
私が毎回やるから、
他の教育メンバーがやらなくなっている可能性もあるのでは?
とも思いました。

やらなかったら、どうなるんだろう

もし、今回あえてやらなかったら。

誰かが自然とやるのか。
それとも、誰もやらないのか。

やらなかった理由を、
言葉にはしなくても、
どこかで私のせいにされるかもしれない。

そんな想像も浮かびます。

でもそれも含めて、
一度見てみたいと思いました。

これは放棄ではなく、小さな実験。

仕事をしない勇気

「やらない」という選択は、
サボることではない。

依存の構造を知るための行動。

私がやらなければ回らないのか。
それとも、
自然と誰かが動くのか。

もし回らないなら、
それは個人の問題ではなく、
仕組みの問題。

そこが見えてくるかもしれない。

4連休、どう過ごすか

今回の4連休は、
部屋の割り振りを考えない時間にしてみようと思う。

その代わりに、
自分の思考を整理する。

私は、
全部背負う人でありたいのか。
それとも、
回る仕組みを作る人でありたいのか。

答えはもう、
なんとなく見えている気もする。

おわりに

やらない勇気。

それは、逃げではなく、
次の段階へ進むための一歩かもしれない。

今回の実験で、
何が見えるのか。

少し怖いけれど、
少し楽しみでもあります。

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