「冷たい海」の真ん中で、息の仕方を忘れないように。

心のジャーナル
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はじめに

需要なんてないかもしれない。誰かに読んでほしいわけでもない。

ただ、今のこの「行き場のない痛み」を言葉にして置いておかないと、自分という人間がどこかへ消えてしまいそうだから、これを書いている。

1. 「私が悪い」という呪い

職場で感じる、刺すような視線。腫れ物に触るような空気。

何かを言えば「自分の思い通りにしようとしている」と言われ、黙っていれば「頑固だ」と言われる。

「それはあなたの性格の問題だ」という言葉を投げかけられるたび、私は自分の人格そのものが欠陥品であるかのような錯覚に陥る。

「私の被害妄想なのかな」と自分を疑うループ。

自分が信じてきた誠実さが、すべて「自己中」というレッテルに書き換えられていく。

2. 「卑劣」という言葉が、胸から離れない

一番辛いときに求めた助けが、人格否定で返ってきたときの絶望を、どう表現すればいいんだろう。

相手を信じたい、尊敬したい、協力し合いたい。

そんな、人として当たり前の願いを持っているだけなのに、それを踏みにじるような対応しかされない。

そう思いたくないのに、相手のやり方を「卑劣だ」と感じてしまう自分がいて、そんな風にしか思えなくなった状況が、何よりも悲しくて、辛い。

3. 怖くて、動けない

今はもう、普通に話しかけることさえ怖い。

自分が普段通りに感じ、行動することが、誰かを不快にさせたり、また否定される材料になるんじゃないかと怯えている。

病棟全体が冷たい壁に見えて、自分がたった一人、異物にされたような孤独感。

「どうしたらいいの?」という問いに、誰も答えてはくれない。

4. それでも、ここにいる

明日の朝が来るのが怖い。

けれど、この「辛い」という感覚を消さずに持っていることは、私がまだ「自分」を諦めていない証拠だと思いたい。

冷たい視線にさらされても、理解されなくても、私の心の内側にある「本当の思い」だけは、誰にも触らせない。

今はただ、息をする。それだけで精一杯の、記録。

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