泣いたプリセプターの想い
新人教育担当から、プリセプターが指導中に涙を流したと報告を受けました。
担当者は「社会人だから期限までに考えがまとまらなかったら相談してほしい」と伝えたそうです。
優しい言葉でしたが、プリにとってはそれがプレッシャーにもなったのかもしれません。
プリは「自分がうまくできているかわからない」「他のプリと比べてしまう」と話したそうです。
誰かと比べることで自分を責めてしまうのは、成長の過程で誰もが通る道。
でも、その涙の裏には「もっと良くしたい」という前向きな気持ちが隠れていることを、私は知っています。
支援とは、“教える”ではなく“支える”こと
泣いたプリに私はこう伝えました。
「なんで相談できなかったか考えてみよう」
彼女は少し考えてから、「悩んでいたら期限の日が来てしまった」と答えました。
だから私はこう返しました。
「じゃあ次からはどうする? ちゃんとやっていこうと思えたなら、それがもう一歩前進だよ」
そして、「教育委員をもっと頼りなさい。1人で頑張らなくていい」と伝えました。
支援とは、答えを与えることではなく、
“考える力”と“相談できる勇気”を育てること。
泣いたことも、悩んだことも、成長の一部です。
涙が教えてくれた“育ちの瞬間”
教育の現場では、成果よりも“過程”に価値があります。
涙を流したあの日、彼女の中にあったのは「できない悔しさ」ではなく「成長したい願い」。
その涙は、彼女が自分と向き合った証です。
「泣くことは、育つこと」
それは支援する側にも当てはまります。
私自身も、関わる中で迷いや後悔を感じながら、支援者としての姿勢を育てているのだと思います。
あとがき
教育は、涙の数だけ人を優しくする。
泣いた人が次に誰かを支える存在になる。
その循環がある限り、現場の教育はあたたかく続いていくのだと思います。



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