〜涙の時期を経て、心が軽くなった支援のかたち〜
はじめに
教育の仕事をしていると、
誰かの「しんどい」という言葉が、自分の胸にまっすぐ突き刺さることがあります。
「なんとかしてあげたい」
「わたしが動かないと」
そんな思いで動くうちに、自分の心がどんどん重くなっていきました。
涙が出るほど苦しかったあの時
ある時期、師長に相談するたびに涙が止まらなくなっていました。
「そんなに背負ってたら潰れるよ」
そう言われても、自分ではどうしたらいいのか分からなかった。
“支えること”と“抱え込むこと”の違いが分からなくなっていたんです。
師長の言葉がきっかけに
師長から教えてもらったのは、たった一つの視点でした。
「その話は“共有”なのか、“どうにかしてほしい”のか、聞いてみたら?」
その一言が、心に残りました。
でも私は傾聴することが多いから、
とっさにその切り返しはできません。
だからまずは、“聞くだけ聞く”ことにしました。
「本人の課題」と「自分の課題」を分けてみた
第三者から「誰かがしんどい」と聞いたとき、
以前はすぐに心がざわついていました。
けれど今は、こう考えています。
本人から「しんどい」というSOSがない限りは、相手の課題。
でも、私にできることは“ポジティブに関わる”こと。
そのスタンスに変えてから、
人の話に振り回されなくなりました。
信じることも支援のひとつ
「動かない」とは「放っておく」ことではありません。
信じて見守るという支援の形がある。
それに気づいてから、
同じように誰かを支えようと頑張る同僚の言葉も、
少し違う角度で聞けるようになりました。
そして今、ようやく言えるんです。
背負う優しさから、信じる優しさへ。
支援の形を変えたら、心が軽くなりました。
おわりに
支援の現場では、
「助けたい」と思う気持ちがある人ほど疲れやすい。
でも、支援の本質は“相手の力を信じること”かもしれません。
信じることは、時に難しいけれど、
それは決して「冷たい距離」ではなく、
相手の成長を信頼する温かい距離なんだと今は思えます。



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