それでも、悪者になってもいいと思えた日

心のジャーナル
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ずっと、誰かの間に立っていた

この数日間、
私はずっと誰かの感情の間に立っていた。

夜勤明けで頭が回らないまま、
それでも話を聞いて、言葉を選んで、
感情がぶつからないように調整していた。

誰かが怒っていて、
誰かが傷ついていて、
その両方がわかってしまう立場は、正直しんどかった。

だから余計に、
簡単に割り切ることができなかった。

人は、自分が悪くないと思いたい

人は、自分が悪くないと思いたい生きものだ。
私も、例外じゃない。

誰かを悪者にしたほうが、
話が早く進むことも知っている。

でも、それを選んだあとに残るのは、
現場の「やりづらさ」や「しこり」だということも、
これまでの経験でわかっていた。

だから、
楽なほうを選びたくなかった

それでも、悪者になってもいい

誤解されても、
裏切ったと思われても、
陰で何か言われてもいい。

最終的に、
働きやすい環境が整うなら、
それでいいと思った。

正しさを証明することよりも、
現場が守られることを選びたかった。

やることは、やった

この数日間、
誰かの話ばかり聞いて、
自分の気持ちはずっと後回しだった。

「誰かに聞いてほしかった」
その一言を、やっと言葉にできた。

やることは、やったと思う。
今日は、ちゃんと休もうと思う。

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