理論じゃ教育できない。

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経験していたら、あとから理論がついてくる話

はじめに

看護教育って、どうしても「理論から始めないといけない」と思われがちです。
・プリセプターシップ
・スキャフォールディング
・認知負荷
・経験学習モデル
・ポリヴェーガル理論

本を開けば、難しい理論がたくさん並んでいる。

でも、私はずっと違和感がありました。

「理論を知ってからじゃないと教育できない」これは本当なの?

13年看護師をやって、3年教育に関わって、やっと言えるようになったことがあります。

理論から始めなくても、教育はできる

むしろ私の教育は逆で、

「理論 → 実践ではなく、実践 → あとから理論が当てはまる」

気がつけばこの流れでやってきました。

現場で新人を前にして、過去の経験・直感・その子の反応
ぜんぶを組み合わせて関わっていたら、あとになって

「あ、この関わりって理論で言うとこういう意味だったんだ」
「私の感覚、間違ってなかったんだ」

って分かる瞬間が増えてきました。

この感覚が私はすごく好きなんです。

実践から理論が追いかけてくる瞬間

例えば、よくやるのが“質問で返す教育”。

新人「血圧が高いです!」
私「どうしてそこが気になった?」

これは、
考える余白を残して思考を促す“足場がけ(スキャフォールディング)”
と呼ばれる技法にそのまま当てはまるみたいですが、全く知らなかったです😂

肺塞栓症を推測するために、
新人くんへヒントを小出しにしながら答えへ導いた時も同じで

あれは後から知りましたが、
認知負荷の最適化(難しさを適切に調整して、理解が深まる負荷にすること)
そのものなんよね。

つまり、私は理論を知ってやったんじゃなくて、
現場で自然にやってたら、その関わりが理論的にも正解だった。

この感覚がとても心地いい。

理論で動こうとすると、現場が見えなくなる

教科書どおりにやろうとすると、

  • 今この新人は何が分かって、何が分からなくて
  • どこで混乱してて
  • どの視点が抜けてるのか
  • 何をどれくらい理解できるのか
  • 今日のコンディションはどうなのか

この“現場の空気”が見えにくくなってしまう。

看護って、生きている人間を相手にする仕事だから
理屈や理論だけでは成り立たない瞬間が必ずあると思います。

だから私はいつも、
目の前の人と状況を優先して動く。
それを後から理論が説明してくれる。

この順番が、私には一番しっくりきます。

理論に合わせる教育より、目の前の人に合わせる教育が強い

理論が強い人はたくさんいるけど、
理論を“現場のあたたかさ”に変換できる人は少ないかもしれません。

あなたも、私も、
看護師として育ってきたからこそ持っている“感覚”がある。

  • “あ、この子は今日は押すと潰れるな”
  • “この質問は今は早いな”
  • “ここはあえて答えない方がいいな”
  • “今日は優しさより厳しさだな”

こんなの、理論で説明できない。
でも間違いなく“教育”なんですよね、きっと。

そして気づいた。私は“理論を知らなくても教育していた”と。

理論は後からついてきて、実践に名前がつきました。

あなたもきっとそうだと思います。

人を育てたいと思う気持ち。
その子に必要なものが直感で分かる感覚。
現場の空気を読んで動けること。
困ってる目の色を見抜けること。

それは全部、教科書じゃなく自分の人生で育ててきた能力だと思います。

教育に向いてる人って、“理論が得意な人”じゃなくて
“目の前の人を見られる人”なんだと思います。

最後に:実践→理論の順番は、弱みではなく強み

私はずっと

「ちゃんとした教育理論を知らないとダメなのかな」
「感覚でやっているだけなのは良くないのかな」

と思ってきました。

でも今は違います。

感覚でやってきたから強い。
経験で育ててきたから深い。
あとから理論が追いついてきたから確信になる。

このスタイルが私の核になっています。

だから、これからも私は
“理論に合わせて教育する”のではなく、“目の前の人のための教育”を選び続ける。

それが、いちばん成長を生むと思うからです🌱

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