支援の境界を引くことも、支援の一部

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〜「なんとかしなきゃ」を手放して気づいたこと〜

はじめに

「あの子がしんどいらしい」
——そんな言葉を、本人以外から聞くことってありませんか?

教育の立場にいると、どうしても“何とかしなきゃ”って思ってしまいます。
SOSの火がついていなくても、誰かのSOSを受け止めたような気がして、
いつのまにか自分が苦しくなっていました。

わたしの中で起きていたこと

誰かの「しんどい」を聞くたびに、
「自分が動かなきゃ」「どうにかしてあげたい」
そう思って、気持ちが重くなっていました。

でも、よく考えると——
その“しんどい”は、本人から直接聞いた言葉ではないことも多い。
それなのに、わたしは勝手に「支援しなければ」と感じていたのです。

関わり方を変えてみた

あるときから、意識的に決めました。

本人からSOSがない限りは動かない。

その代わりに、
前向きなコミュニケーションを増やすようにしました。

  • いつもより少し丁寧に挨拶をする
  • さりげない雑談をして表情を見る
  • 「今日もいい表情してるね」と声をかける

そうやって関係を保ちながらも、
“背負わない”関わり方に切り替えたんです。

変えてみて気づいたこと

不思議なことに、自分がとても楽になりました。

そして気づきました。
「本人からSOSが出ていない」ということは、
まだ自分で立てているということ。

それを信じて、そっと見守るのも支援なんだと。

今では、誰かが「しんどいらしい」と言っても、
反応せずに“気にかける”程度にしています。

それでもちゃんと、みんなは自分の力で乗り越えていく。
その姿を見て、信じることの強さを感じるようになりました。

学びとこれから

支援って、寄り添う勇気と、距離を保つ勇気の両方が必要。

「なんとかしなきゃ」という優しさも大事だけれど、
“背負わないこと”もまた、教育者としての大切な選択だと感じました。

わたし自身も、
支援の境界を引くことは、支援の放棄ではなく成熟だ
そう思えるようになりました。

おわりに

誰かの「しんどい」をすぐに受け止めてしまう優しい人へ。

あなたのその思いやりは素敵です。
でも、自分を守ることも忘れないでくださいね。

“気にかけるけど、背負わない”——
そのバランスが、あなた自身の心を守り、
そして相手の成長も信じる関わりにつながります。

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