── 理不尽な出来事がくれた成長のサイン
はじめに
最近、理不尽だと感じる出来事がありました。
クレーム気質の患者さんの担当を、理由も曖昧なまま急に私に振られた場面です。
普段の私なら瞬間で火山が噴火していたと思います。
怒りがこみ上げて、感情が先に動いて、納得いかない…そんな流れがいつものパターンでした。
でも今回は、はっきりと違いました。
怒りを“飲み込む”のではなく、“質問”に変えられた私
「あの人、なんで私にしたん?」
こういう時、私はいつも心の中で文句が爆発していました。
でも今回は、
「その判断の根拠は何?」
と、言葉として 冷静に尋ねることができたのです。
感情のままぶつけるのではなく、
判断の背景を知るために“質問”として出せたことに驚きました。
個人への怒りではなく“システムへの改善”に思考が向いた
以前なら
「もうムカつく!」
で終わっていたはずの場面。
ところが今回は、
「こういう割り振りの仕方を変えた方がみんな働きやすいのでは?」
と、発想が自然に“仕組み”の方へ向かっていきました。
その結果、朝のカンファレンスで
「対応注意の患者さんは、受け持ちがすべて背負うわけではありません」
「全員が看護記録を読んで、チームでフォローしていきましょう」
と全体に共有する行動に変換できました。
怒りをぶつけるのではなく、
怒りを病棟が良くなるためのエネルギーに変える。
自分の中で、そのスイッチが自然に入っていたことに気づいた瞬間でした。
同期との会話で“視野が広がった”と気づけた
この出来事のあと、同期に気持ちを聞いてみると
「私なら“ハズレ引いたな〜”くらいで終わるかも」と言われました。
そこで気づきました。
- 不満を表に出す人
- 言わずに抱える人
- 問題だと思わず「仕事だから仕方ない」と流す人
同じ出来事でも、
人によってこんなに違う受け止め方があるんだ
という気づき。
これは私にとって、とても大きな視野の広がりでした。
理不尽を“価値”に転換する力がついていた
今回の経験を振り返って思うのは、
「あの理不尽を引いたからこそ、得られた視点がある」
ということです。
怒りをただの“不快な感情”で終わらせず、
次に活かせる学びに変える。
この変換ができるようになったのは、
これまで経験してきたすべての積み重ねがあったからだと思います。
自分の成長を“確かな手応え”として感じられた
怒りや理不尽はゼロにはなりません。
でも、反応の仕方が確実に変わったことで、
- 怒りに支配されない
- 感情より先に思考が動く
- 自分の言葉で整理して伝えられる
- 問題を仕組み改善に変換できる
こんな自分に進化していることを感じます。
自分自身でも驚くくらいです。
まとめ:怒りは“未熟さの証”ではなく“成長の入口”だった
「なんで私が?」
「また理不尽……」
そう思った出来事も、
振り返ってみれば私の中に眠っていた“変換力”を引き出すきっかけでした。
怒りは消さなくてもいい。
でも、怒りを未来につながる形に変えられる自分でいたい。
これからもそんな成長を大事にしながら働いていきたいと思います。



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