教えたことが育っていた日

教育からの贈り物
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― 自主的に学ぶ姿に心を打たれた日 ―

夜勤で、夕方病棟に入った瞬間のことでした。
「あれ?」と思わず足が止まりました。

そこには、呼吸器の立ち上げ練習をしている新人さんの姿。
前回、一緒に練習した新人さんです。

「どうしたの?」から始まる小さな感動

声をかけると、少し照れたように笑って、
「昨日の復習してました」と答えてくれました。

さらに話を聞くと、
先輩から「この設定してみて」と紙を渡されて、
自分で設定の練習をしていたとのこと。

その姿に、胸がじんわり熱くなりました。
“やらされている”ではなく、
“自分でやってみたい”という気持ちで動いている。
その小さな変化が、とても大きな成長に見えました。

「教える」から「教えられる」へ

「わたしにも教えてね」と声をかけると、
「ちゃんと教えられるか不安です〜」と笑いながら言ってくれました。

だから私は、
「なんとなくでいいから教えてね」と伝えました。

“完璧じゃなくていい”
“できる範囲でいい”
そう言葉を添えることで、
その子の表情がふっと和らいで、
「わかりました😊」と笑ってくれました。

その笑顔の中に、
“学ぶ喜び”と“信じてもらえる安心”が同居していました。

学びの連鎖が育つ瞬間

あのとき一緒に作った空気が、
こうして次につながっていることが本当に嬉しい。

“教えること”は一度きりじゃなくて、
関わった瞬間から“育ち続けるもの”。

新人さんが自主的に学ぶ姿を見て、
「教育って、こういうことなんだな」と改めて感じました。

おわりに

教育とは、“その人の中に残る空気をつくること”なのかもしれません。
教えたことが形として残る日もあれば、
こうして静かに“育っていた”ことに気づく日もある。

そのどちらも、教育者にとって最高のご褒美です。

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