「新人がなかなか育たない」
「もっと主体的に勉強してほしい」
「教育担当に確認しないと、どこまで患者さんを受け持たせていいのか分からない」
病棟で教育に関わっていると、こんな声を聞くことがあります。
私自身、教育に関わる中でずっと考えてきました。
新人や若手を育てるのは、いったい誰の仕事なんだろう?
教育委員でしょうか。
プリセプターでしょうか。
その日のフォロー看護師でしょうか。
リーダーでしょうか。
それとも本人でしょうか。
最近思うのは、
「病棟全体で育てる」と言うだけでは、病棟教育はうまくいかない
ということです。
「病棟全体で育てる」には私も賛成
私は、新人や若手を教育担当者だけで育てる必要はないと思っています。
むしろ理想は、
病棟全体で育てること。
その日の受け持ち患者さんを通して、
「今日はここを一緒に考えてみよう」
「この患者さんなら、今勉強していることが経験できそうだね」
そんな関わりが自然にできれば、とても良い教育環境だと思います。
でも現実は、そんなに簡単ではありません。
同じ病棟でも、教育への温度差がある
新人に積極的に声をかける看護師もいれば、
「分からないことがあったら自分から聞いて」という看護師もいます。
振り返りまで丁寧にしてくれる人もいれば、業務を終えることで精一杯の日もあります。
これは、ある程度仕方のないことだと思います。
全員に、
「必ず新人の課題を確認してください」
「必ず振り返りをしてください」
「必ずこの内容を指導してください」
と教育委員がお願いすることはできます。
しかし、教育委員には通常、スタッフへの業務命令権はありません。
つまり、
お願いはできても、強制はできない。
ここに病棟教育の難しさがあります。
教育委員が頑張るほど、教育委員が悪者になることもある
教育を進めようと思えば、
「この患者さんを経験させてほしい」
「この部分をフォローしてほしい」
「指導した内容を共有してほしい」
と周囲へお願いする機会が増えます。
ところが、それが増えすぎると、
「また教育から言われた」
「そこまでしないといけないの?」
という空気が生まれることがあります。
教育対象者を育てたいだけなのに、教育担当者と現場スタッフが対立するようになってしまう。
これでは本末転倒です。
だからこそ私は、
教育担当者個人の熱意ではなく、仕組みで教育できる病棟にすることが大切
だと考えるようになりました。
患者さんの割り振りも「その日の気分」にしない
例えば新人が、
「今月は心不全患者さんのアセスメントができるようになる」
という目標を立てていたとします。
ところが病棟に心不全患者さんがいるのに、毎回ほかのスタッフが受け持っていたらどうでしょう。
1か月後、
「まだ心不全患者さんを受け持ったことがありません」
となる可能性があります。
そこで教育側が、
「今月この経験が必要なスタッフを優先して患者配置する」
と見えるようにしておけば、リーダーも患者配置を考えやすくなります。
大切なのは、
教育担当者が毎朝「この患者さんをつけてください」と言わなくても教育が進む仕組み
を作ることです。
それでも進まない人はいる
仕組みを作っても、全員が同じ速度で成長するわけではありません。
「分からないので調べます」と言ったまま調べない。
質問されたことを復習しない。
自分の課題を提出しない。
自分から経験したい患者さんを伝えない。
こんなこともあります。
もちろん最初は、
「何が分からない?」
「どうしたらできそう?」
と一緒に考えることが必要です。
しかし、教育担当者がいつまでも本人を追いかけ、
「勉強した?」
「課題出した?」
「昨日聞かれたこと調べた?」
と言い続ける教育には限界があります。
成長するためには、本人が担わなければならない部分もあります。
「受け身なのは教育のせい」だけでは説明できない
新人が受け身になっていると、
「今まで手厚く教えすぎたからでは?」
と言われることがあります。
確かに、先回りして何でも準備する教育を続ければ、本人が受け身になる可能性はあります。
ここは教育する側も振り返る必要があります。
ただ、新人が育たない理由をすべて「教育のやり方」にするのも違うと思います。
本人の学習姿勢。
フォローするスタッフの関わり方。
患者配置。
病棟の忙しさ。
管理者の方針。
教育目標。
評価基準。
さまざまな要因が重なって、人は育っていきます。
だから必要なのは、
「誰が悪いか」を探すことではなく、「どこで教育が止まっているのか」を考えること
ではないでしょうか。
「アセスメントできるようになって」は意外と難しい
看護教育では、
「もっとアセスメントできるようになってほしい」という言葉もよく聞きます。
でも、
どこまでできれば「アセスメントできる」と判断するのでしょうか。
患者さんの情報を集められる。
異常値に気づける。
病態と症状をつなげられる。
今後起こりそうなことを予測できる。
必要な看護を考えられる。
報告の必要性を判断できる。
「アセスメント」という一言の中には、たくさんの能力が含まれています。
だから「アセスメントができたら次へ進む」だけでは、教育する側もされる側も迷います。
必要なのは、
何ができれば次のステップへ進めるのかという具体的な基準です。
夜勤に入れる基準は、教育担当者だけで決められない
これは特に重要だと思っています。
「どのレベルになれば夜勤に入れるのか」
「どの重症度の患者さんまで受け持てればいいのか」
「未経験の患者さんを夜勤で担当する可能性はあるのか」
「最終的に誰が夜勤可能と判断するのか」
こうしたことは、教育委員だけで決める問題ではありません。
病棟運営や患者安全にも関わります。
だからこそ、
管理者が病棟としての基準を示し、その基準をもとに教育担当者が教育計画を作る。
この順番が必要だと思います。
教育委員の役割は「全員を育てること」ではない
教育に長く関わっていると、
「この子を何とか育てないと」
と思ってしまいます。
でも最近は、少し違うと考えています。
教育委員が担うのは、
- 到達目標を分かりやすくする
- 現在の進捗を可視化する
- 必要な経験ができる仕組みを作る
- フォローするスタッフが迷わない基準を作る
- 教育が止まっている原因を見つける
- 教育委員だけでは解決できない問題を管理者へつなぐ
ここまでではないでしょうか。
患者さんを割り振るのはリーダー。
その日の指導をするのはフォローする看護師。
学習するのは本人。
そして、教育だけでは解決できない問題に介入するのは管理者。
それぞれが自分の役割を担うことで、初めて「病棟全体で育てる」が成立する。
私はそう思っています。
教育担当者が全部背負わなくてもいい
教育がうまく進まないと、
「自分たちの教育方法が悪いのかな」
と考えてしまうことがあります。
もちろん教育方法を振り返ることは必要です。
でも、
仕組みを作った。
目標も提示した。
必要な経験も示した。
本人にも伝えた。
フォローするスタッフにも協力をお願いした。
それでも進まない。
そこまで来たら、
教育担当者がさらに頑張れば解決する問題とは限りません。
本人の課題なのか。
フォロー体制の問題なのか。
患者配置の問題なのか。
病棟の方針の問題なのか。
管理者の介入が必要なのか。
一度、問題を教育担当者の手から離して考えてみることも必要です。
まとめ
「病棟全体で新人を育てよう」
この言葉には私も賛成です。
でも、本当に病棟全体で育てたいのであれば、
教育委員の頑張りに頼らない仕組みが必要です。
教育委員。
教育対象者。
フォロー看護師。
リーダー。
役職者。
管理者。
それぞれが何を担うのか。
そして、どこまでできれば次へ進めるのか。
そこが曖昧なままでは、誰かが頑張り続ける教育になってしまいます。
教育担当者が全部背負うのではなく、
「誰が育てるのか」ではなく「どうすれば病棟全体で育つ仕組みになるのか」。
そこを考えることが、これからの病棟教育には必要なのではないでしょうか。


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